森の話

老木は悲しからずや

台風11号がゆっくりと速度を落としながら温帯低気圧になホーツク海に去った。

西の空が明るくなったのを見計らい森に入る。
潤いを得た樹々は朝の陽に輝き一様に静まり返っているかのように見えたが、入り口に来て驚いた。 よくこんなに敷きつめたものだと思うほど小枝と緑の葉で小道が覆われている。
バサバサと大きな葉を踏みながら歩く。

枯渇寸前の大沢の池は水をたたえ一息ついている。
そこへ早速大きな鳥が舞い降りてきた。双眼鏡を覗くとアオサギに間違いない。
首を長くのばしてゆっくりと辺りを見回し、ここに居座ることを決めたかのように首をすくめ動かなくなった。 アオサギといえば、この森のコロニーが、アライグマの襲撃に遭い姿を消してしまっていた。 とても残念に思っていただけに、こうして目の前で確認できるとは台風の異変か?
ちょっと幸せな気分になり、谷にできた小川のせせらぎを聞きながら歩を速める。

「これは何ぃ!」幸せ気分もつかの間、行く手が見えないほどに道をふさいでいる大木。 通れるのだろうか。
この樹は[昭和の桂]と銘打った森一番の老木。

「森のことなら何でも私にお聞き」と言いそうなその桂の木は、 根元から何本にも分かれて驚くべき太さに生長していた。
生々しい裂け目をさらし、無惨な姿になって横たわっている。
根元は無傷なのに、いったいどこから倒れたのかと見上げると、はるか上に同じ傷痕を見つけた。
枝分かれしたとはいえ、幹にも劣らぬ信じられない程の大木が折れて降ってきたのだ。

雨とともに風が走り、木々が狂ったように揺れ、枝が垂れ下がり、目の前が暗くなるほど葉が舞い、 なすすべもなく騒然となったであろう森を思う。
自然の猛威に呆然としていたが、行く手を阻む苔むした樹によじ登り、そして飛び降りた。

老木は悲しからずや。桂のハート型の葉を1枚ポケットにしまった。
何事もなかったように黄色いツリフネ草が風に揺らいだ。

野幌原始林にて(2001.8.24)

 
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