つれづれに

1999.2.〜1999.6.

6月5日(土)
1ヶ月ぶりの更新です。なんともあちこちに気が散り、忙しがって心を亡くしていました。

それを知ってか知らぬか「天気もいいし」の家人1の声に、カメラだけは素早く抱え秒速のスタンバイ。
横に乗っている身はらくちん。木々の若葉が濃さを増し、遠くの山並みに残雪があり、母馬に寄り添う子馬。
一枚の絵を見るように、のどかなり。おしゃべりも一段落。二次元の扉に立つ。
えぇ〜ェ これは何! 怪しげな甘い香り。風に乗ってやって来る。あぁぁ酔っていまいそう。
着いたところが、素敵な森の中。
見渡す限りのすずらんの群生地。可憐なすずらんが足下からこんなにあっていいの。
鳥の声を聞きながら、しばらくすずらんの中を歩く。
人々の「かわいいね」「いいかおり」の声を一心に受けて、香りを競い短い命を燃やしている。
一時は絶滅の危機、保護にのりだし今では15ヘクタールもあるという。
無くなりかけてその大切さを知る。
一本道をひた走り後続車もなく対向車もまれ。砂利道の着きあたり。
そこに香りの園があった。平取町の宝物。
 


5月6日(木)
西側のガラス戸だけがやけに赤い。
ベランダも台所の窓も真っ暗。外は雨。
もしかして畑にUFO(未確認飛行物体)。いいね、いいね、それはいい! 宇宙人!
急いで赤い窓を開ける。
まさに太陽が沈もうとしている。
「虹!!」大声で娘が叫ぶ。
台所の窓から虹の半分が見える。これは大きい。ベランダにかけよってもう半分を探す。
見えない。また台所に戻る。そうだ外で見よう。娘は二階にかけあがる。
ほんわかとして、いい色だぁ〜。
東から南の空に今までにない大きな太い虹は雨の中にあり、なんて素敵なんだろう。
「みなさーん虹が出てますよー」幸せを共有したい衝動にかられる。
ドタバタと右往左往で5分ほどのショウは終了。pm6:30。

昨日の空も良かった。
買い物を終えて我が家へ向かう一本道。その向こうに雨上がりの青空を挟んだ夕焼け。
そう、この色は連休に行った東北各地で見た薄墨色の桜を思わせる。
岩手、秋田、青森と桜は温かく迎えてくれた。
いい旅だった。 空を見る楽しみがまた一つ増えた。


4月16日(金)
スケルトンの熱帯魚。なんて奇妙な行動をとる熱帯魚なの。大きさは小指ほど。
水槽に敷いてある大粒の白い砂を口に入れている。
どんどんどんどん・・えェ〜そんなに食べて大丈夫。どうなってるの?
よーく見るとその砂は、えらの辺りからこれまたどんどんどんどん・・出てくる。砂の山ができるほど。
摩訶不思議。
そうかと思うと、これまたスケルトン海老。触覚もいれると15p位。
頭からしっぽまで赤い線が2本鮮やかに入っている。トンボみたいに岩にしがみついている。
病院で薬を待つ間、目を楽しませてくれる。
時々見慣れないのが仲間入りし見飽きることもなく魚になった気分。

ふと昨日のことを思う。
畑の中の一本道。向こうから車高の低いにぎやかそうな車が走ってくる。
すれ違いざま、その賑やかさが判明! あぁ〜ボンネットがない。まさにスケルトン。
もしかして強化プラスチックのボンネット?まさかね。でもあってもおもしろいかも。
なにもかもスケルトンだったら。
部屋を見渡す。もしここの押入が・・。やっぱりダメ、おもしろいどころじゃない。
訳の分からない今時の政治こそ、どらえもんの千里眼ででも見ようか。


4月8日(木)
「こんにちは、ご機嫌いかが!」のぞき込んで目を見る。
「わからない」開口一番父が言う。一瞬「えぇ」と思う。
「判らなくてもかまわないよ。おじいちゃんの変わりに私が判っているから。
全部忘れても大丈夫。心配ないよ」かすかにうなずき目をつむる。 握っている手に力がこもる。
行く度に「私誰だか判るかい」と聞いていた。「○○子だろう」「ぴんぽ〜ん」
だんだん考えるようになり、とうとう娘の名前を忘れた。それでも私は聞いた。
でも、明日から聞くのは辞めよう。
娘の名前が判らないということが自分で判ることって悲しいに違いないから。
ほとんど言葉は失われつつある。
「また来るからね」と言うと「来るのはまただけか」とユーモアたっぷり。「全身で来るからね」
「痛い、痛い」マヒの手足が痛むらしい。「痛いの上にアをつけてごらん」と私。「あいたい」
「私にやっぱり会いたかったんだぁ」そんなやりとりもできなくなって、寝ている時間が長くなってきた。
病院の桜もだいぶ膨らみ始めた。いつもそれは見事に咲いている。

3月10日(水)
「今年は映画を見るぞぉ!」と小声で宣言し、元旦から3日間連ちゃんで通った。
ところが、ままならず・・・ユー・ガット・メール (YOU'VE GOT MAIL)はしばらくぶり。
トムハンクスとメグライアンのラブロマンス。メグライアンはいつ見ても素敵だ。
E-mailって昔風に言うと文通ごっこみたいなもの。mailの方がより臨場感があって手軽かな。
家人の友達にもネットで結婚した人がいるけれど、きっかけがたまたまネットだったというだけ。
でも結婚式場で全国にちらばっているネット仲間が初めて会い、
なんともそこだけが何語を話しているの?という感じだったとか。
まぁ、ユー・ガット・メールを見てインターネットでもしようかーと、ネット人口が増えると思うよ。
「そんな方たちに幸あれ」
商魂たくましく、申込書なんかしっかり山積みにしてありました。はい。
 

3月2日(月)
臓器移植の過熱報道のマスメディアたち。
法律ができ、臓器移植に限って脳死を人の死とする国内初の臓器提供に注目が集まるのは当然だ。
でも「なんかへんだぞ!」 ドナーもレシピエントもこれじゃたまったものじゃない。
家族署名欄に私の名前がある家人の臓器提供意思表示カードをしげしげと眺めてみた。
1 脳死の判定に従い脳死後臓器を提供する
2 心臓停止した死後臓器を提供する
3 臓器を提供しません(1と2の両方を選んでも構わない)
ドナーカードを持っていなくとも、3番目を選んでも臓器を提供しないとう結果は同じ。
でも自分の意志表示においては大きな違いだ。近いうちに意思表示をしたいと思う。
さてと 臓器移植ネットワークを再度チエック!!
「命の贈り物」贈る方も贈られる方もこれこそまさに命がけだ。

2月16日(火)
「どんな想いを言葉にしても白い息とともに消えてしまう。
それならいっそ、雪になりたい。 あなたの上に舞い降りる雪になりたい」

先日、日本語文章能力検定協会が募集した3行60字以内の恋文の最優秀賞作品である。
朝、新聞でこの文章を見つけ鳥肌が立ってしまった。
なんとも切なくて相手を思う一途さが伝わってくる。
「愛してるよ」と何度言うよりも、これこそ心に響くラブレター。
東京の女子高生の作品と聞いてびっくり。 言葉を文字にして想いを込める、すごい作業だと思う。
感受性と柔らかい心を一つ一つ置き去りにして年を 重ねてきてしまった。しまったぁ〜〜。
 

2月11日(木)
のほほんとハンドルを握っていたのがそもそもいけないのか?
すーっと横に妙に近づきすぎる車がある。やめてよ、やめてよ。
くちぱくでお兄さんがなにやら言っている。窓を開ける仕草。あ〜ぁ文句でもあるの。
確かにスピードはでてたけど、それがどうかしたの。信号だってこうして間違いなく停まってるし。
ドキッとするのよ、こういう場面。

ある時なんか、中央車線70走行していたら退けとばかりにひっついてくる。
右折しなくちゃと思いながら信号待ちしてるとわざわざ降りてくる年増のお兄さん。
「キープレフト習わなかったのか!」えぇ〜。
「あんたの道路でないでしょう」喉まで出てきた言葉、飲み込んで・・。
またある時は、ダンプのお兄さん、これまた信号待ちでドアをノックする。
「スピーカー倒れたのどうしてくれるんだ!」思わず自分のスピーカーなんか見たりして。
「すみません」何がなんだか分からぬまま弱よわしく誤って。

今日はどういうこと。恐る恐る窓を開ける。
「ストップランプ切れてるよ、左」びっくりするじゃない。
「ありがとうー」ふぅ〜〜。病み上がりなんだから。


1999年2月5日(金)
新し物好きな私。
早速流行の病にとりつかれ活きが下がっておりました。
おまけに、ころんでもただで起きぬが裏目に出て腰痛とやらの金縛りにあい身動きできず、
ひたすら天上を見上げ時の過ぎゆくままに・・・。
視点が違がうおもしろさを発見しつつ、活字を見ると眠くなる病をたちまち克服し、
主婦もシェフもいなくてもみんな強くなったねー。
あっちこっちでまだ「げほげほ」。
「自分の体は自分で守りなさい」言ってみたとて迫力なく、
家族の懇願のまなざしを一心に受け「いて〜っ」 と立ち上がるのです。
皆様ご自愛下さい。



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