つれづれに
 

2000.9〜2000.12.


12月31(日)
20世紀最後の1日となった。
大晦日にこうしてPCの前にいることが私にとっては特別な日のような気がする。
特別なことができたのは嬉しい。
21世紀はどんな年になるのか。
というより来年はどんな年か、楽しみだ。 あまり先のことは解らないが楽しいことがきっとあるはずだと思っている。

そろそろ今晩の宴の準備にでもとりかかりましょうか。
心身共にアルコールで清めまくって21世紀を迎えるのも悪くはないから。

全て水に流しては無理でも・・流せるものは流して・・新しい年のために。
珍しく外は雨。

Good−by20century


12月17(日)
 どんな舞台背景でどんな振り付けなのか・・・。
レニングラード国立バレエの白鳥の湖、期待のうちに第1幕の幕が上がった。

プリマドンナは強烈な個性ではなかったけれど、
これからもっと伸びるであろうみずみずしさがある。
さすがにレベルは高く、全体にまとまりがある。
コールドバレエのすばらしさは白鳥の湖ならではのもの。
言葉がないのに表現できるすばらしさと力強さ。
鳴り止まぬカーテンコール。
現実を忘れて、こういう時間がもてたことは幸せなこと。

 何年か前に同じバレー団の公演を観た。
始めてみる舞台にこんな素晴らしいものもあるのかと思った。
終わって、車に戻ろうと裏通りに出た。
「あれ!車がない!」
ぎりぎりに着いたので「えいっ、路上駐車しかない」がこの始末。
もって行かれちゃった〜。くやしいぃ。
何ともバカ高い「薄情の湖」になった。

今日は何事もなくヤレヤレ。
外は粉雪が静かに舞っている。


12月13(水)
 今年も残り少なくなった。

盛んに20世紀に活躍した人とか、20世紀最大のできごとか報道されているけれど、
過ぎてしまえば「そんなこともあったねぇ」でなかなか思い出せない情けなさ。

私的にもいろんなことがあったようで、なかったようで。
そのつど真剣に対処してきたのに、なるようにしかならないと思ってみたり、なんとも曖昧なこと。
こんなに長く生きてきたのに・・・ポリシーもなく。

 家人3が「座右の銘はなぁに」と突然聞いてきた。
えっ!そんなのあったかしら。
そうそう「なるようにしかならないケセラセラ」かな。
「もっとまともなのはないの」と言っても・・・。
どうも家人3が同じ質問を受けたが応えられなかったという。
日頃「今日できることは明日でもできる」ととんでもないことを言う家人3だもの。

そうかぁ〜。ちょっとかっこ良く座右の銘を言ってみようかな、2001年は。


11月27(月)
 散歩もできず運動不足は否めない。
なるべく食べないようにしているんだけれどついつい手が伸びる。

西の空に真っ黒な雲がある。
高いところでは雨、降りてくるうちに雪に変わるようなそんな空模様。

 約束の場所に速く着いたが、ぐるりと見渡してもそれらしき姿はない。
側にいた女の人が話しかけてきた。
「今日は吹雪かなくて良かったわ。バス代がもったいないから歩いてきたの。
運動不足解消に、この天気じゃ帰りも歩けるね」
同意を求めるように話しかけてきた。
ドキッ!近くなのに車で来てしまったと思いつつ、
待ち人が来る間のほんの10分ほどの間うなずいていた。
不景気で仕事が少なくなったこと、
3人の子供がいて仕事を長男が手伝っていること、彼女の年のこと等々。
こんな事まで私が聞いていいの。
尋ねたわけでもないのに。それとも私を誰かと間違っているのかしら?
「きょう借金が返せたし」ホッとした表情で2度も言っていたから、
それがよぽど嬉しかったのかも知れない。
それにしてもぉ〜・・。

 さてと、待ち人が来て用事を済ませ、ちょっと疲れる内容だったなぁ〜とぼぉっとしていると、
「帽子が落ちているよ」と高くかざしながらおじいさんが近づいてきた。
違うと手を振った。
そして目の前のソファに座って何やら話し始めた。
「夕張で生まれ、札幌で育ったんだ・・」血色のいいつやつやした顔。
「ここに越してきて40年になる、幾つに見える?来年は80。 
妹は養女にいってそれ以来合っていない。会いたいもんだ・・。」表情豊かに止めどもなく話す。
若い頃は美男子だったんだろうなぁと思いながら立つきっかけを失って話を聞いていた。
それにしてもぉ〜・・。

 とうとう窓の外は雪になり、ふんわりふんわり散歩でもするように降りてきた。
雪も何かを語りかけるように。
雪の話にこそ耳を傾けてみたいと思う。
不思議な1日だった。


11月18(土)
 気になりつつも1ヶ月のご無沙汰。
やるだけのことはやったけどイメージどおりにいかず、結局自己満足一人空回り。
そんな疲れた1ヶ月。
とうとう雪です。「ほどほどにやれば」という応援歌に思えて、見とれてしまう。
とってもきれいだ。
ナナカマドの赤い実が綿帽子をかぶり街路がピンクに染まる。
松にうっすら積もる雪は少し速いクリスマスツリー。
まだまだ雪がきれいと思えるうちは元気な心豊かな私のバロメーター。
いつまでも眺めていられるこのゆとりこそ大切なもの。

ここのところ、ゆとりのないままにそそっかしさと相まって、尚ゆとりをなくしている。

 昨日も銀行に行ったら印鑑が違うと言う。
しかたがないから取りに戻って何とかお金をおろし、帰ってきたら印鑑がない。
印鑑が違うと言われて印鑑を渡したまま返してもらっていない。
電話したらパートの人が帰ってしまったので判らないと言う。
確かめるべきだった〜その1。

 その前は、スーパーに行ってお米とか長いも(大好きなので箱ごと買った)の重い物は、
相棒が 車に先に運んでくれていた。
相棒がいるとこういう時便利だなぁ〜といつもの自分の買い物姿を思いながら、
パン屋さんにカートを置いてパンを買って、家に着いたら買った物がない。
パンはしっかりとあるけれど・・。「あそこに忘れた!」無言で逆戻り、その2。

 さて今日の講習会は任せてとばかり、2時間の時間内にやるべき資料を作って出かける。
「それでは始めます」きゃぁ〜思わず大声を出すところ。
資料がない。
「2時間もどうつなげればいいの」といいたいところだが、やるきゃない。
冷や汗がでて倍ぐったり。 1時間も早く行っていたのに、話し込んでしまうとは、その3。

ベランダからの雪は少し斜めに重たそうに降り続け、みるみるうちに白い世界に変わった。
全てを包み隠して。 明日からの私は少し違うよ、と言ってみたところで・・・。

カウントダウンの話がラジオから流れている。
輝ける2001年に向けて・・・。


10月17(火)
降り  今年の紅葉はどこへ行ったの!
つかの間の燃えるようなあでやかさを身にまとい、
誰の心も奪い取る紅葉は残念ながら今年は見られない。
「これから耐えて生きるの」と言わんばかりの木々たちは淋しそう。
楽しさが半減。

 子捨て合法化。安全な場所になら子供を捨てても罪はなし。
なぬっ!
今アメリカではあまりにも無責任に子供を産み無造作に捨ててしまう異常事態が起きている。
その苦肉の策がこれだ。
安全な場所とは病院、警察、消防署だが、そこならOK。
2週間以内の引き取りには再度養育が許されるとか。

さすが合理的なアメリカと言ってしまえばそれまでだが、
なんだか腹立たしい。 子供の命が救われると言う点では良いことだけれど、
捨てるならここですよとまるでもの扱いのように。
生む権利、生まない権利はあるが、生まれたからには育てる義務はある。
それができないなら生むな!そこは今まで以上に徹底して欲しい。
「捨てれば」「そうね」なんて会話が日常茶飯事にされだしたらゾッとする。

 少し冷えてきたようだ。今晩当たりから冷え込み、雪になると報じている。
明朝のためにストーブのタイマーをセットをしておこう。
ぬくぬくっ。
「冬将軍様、もそっとごゆるりとお出ましあれ。苦るしゅうない」


10月5(木)
食欲の秋。それが年中だから困ったもんだ。
その結果どうなるかは自ずと知れたこと。
食べる楽しみはあるけれど、作る苦しみもある。

最近ファーストフードに対抗してスローフードという言葉がある。
時間をかけてゆっくり調理したものを食べようということらしい。
食べることは最も身近な文化。
ふと頭をよぎったが、不倫も文化だとぬかした奴がいた。
それはさておき、スローフードという言葉を初めて聞いたとき、
お恥ずかしながら「早食いじゃなく、ゆっくり噛んで、のんびり食事をしようよ」ということかと思った。
「どきっ」改めようと常日頃思っていたことだから。

「あぁ〜外で食事をしたい」と言うと、すかさず「すれば」と言われる。
「茶碗と箸を持ってそこでかい?」と道路に面した庭を指差し大笑いになってしまう。
外での食事とは木陰にテーブルなんか出して、小鳥のさえずりを聞いて、
良い空気を吸って、 そよそよとした所でのんびりと優雅にということ。

広がる秋空。
「あぁ〜外で食事がしたい」。


9月24(日)
とにかくテレビがおもしろい。
台本のない4年に1度のドラマが繰り広げられ、一喜一憂している。
冷静に考えるとメダルをとれなくともすごいことなのに、熱くなってしまう。

女子マラソン金メダル獲得はカーラジオの実況で知った。
帯広の神田日勝美術館のガランとした駐車場で遅い朝食を取りながら
思わず拍手付きの大声を上げた。
2時間23分、丁度この時、車の時計は9時23分だった。
どんな表情でゴールを切ったのか画面を見るのを楽しみだ。
ハクセキレイが日曜日の広い駐車場を遊び場に、
しっぽを上下する独特の飛びかたで群れていた。

今日の優勝はないと思ってラジオ持参でお風呂に入った。
ここで一発でれば同点。まさかねぇ〜。と思う間もなく夢のような事が起こった。
アナウンサーの絶叫。思わずラジオのボリュームを上げ息をこらす。
よ〜しよし、追いついた。一息ついて湯船に入った。
ところが、またもや信じられないことが起きた。
もう何がなんだか神懸かりな劇的な場面。
長島さんの胴上げを見よう!
すぐお風呂から上がったがその瞬間を見逃した。

とうとう夜中までマラソンと長島さんとをチャンネルを変えながら目一杯見る。

二つの素晴らしい感動のドラマを想像豊かに聞き、画面で再確認し2倍の楽しみを得た。

それにしても、今年の初紅葉を旭岳と十勝岳の麓から眺めることができたのはすばらC〜。
天馬街道は雨の中に煙り次の楽しみを残してくれた。


9月8(金)
 秋の天気は変わりやすいのはいたしかたないとして、夕暮れが速いのは少し憂鬱。
でも15日からシドニーオリンピックも始まることだし、秋の夜長を楽しめるのはいい。

今朝のテレビでオリンピックの知られざる場面を見ていたく感激した。
バドミントンのシャトルコックは全部日本製。水鳥の羽根自体は中国産。
もちろん鳥の羽根は不揃いだから、
それを均一に飛ばすために羽根の差込角度や形を微妙に調節しなければならない。
同じ条件で飛ばした場合全て同じ回転で同じ位置に落下するようになっているのには驚いた。

 砲丸投げのボールは以外にも埼玉県の辻谷さん一家5人が
町工場のような所で1個づつ手造りしている。

息子さんが荒削りをし、お父さんが仕上げる。
鋳物の鉄の玉は上下空気の入り具合で中心がずれていて、
これを見分けるのは削っている時の音が頼りで、長年熟練した者でなければできない技術。
オリンピックでは5カ国で造ったボールが用意され、
試技でそれを使って選手の好みで使用できることになっている。
前回のオリンピックでは金銀銅のメダルを取った選手は日本のボールを使っていたとか。
ボールにより1、2mの差はすぐつき、
持っただけで手に馴染みボールの善し悪しが分かると外国選手の弁。
オリンピック選手の使用するボールを造るとはすごいことだと思うけれど、
家族の語り口は自慢するでもなく淡々とした職人さんという感ずがする。
ただ、まるで自分がオリンピックに一緒に参加しているような気分だとか。

 重量挙げのシャフトも日本製。堅すぎても折れてしまうし柔らかくてもダメ。
鉄に関しては昔から造船とか刀を造っていたのでお家芸だけれど
こうして造っているとは知らなかった。

今度のオリンピックは少し違った角度から見ることができ楽しみにしている。


9月2(土)
腰は軽いけれど、雨が降らなければ出かけられないという理由ありの大家さん。
そんな大家さんに誘われるのは断れないんだよなと言いつつ待っているYさん。

今日は、そばの作付け面積日本一の幌加内町のそば祭り。
可憐なそばの花に魅せられて、一日そばの丘を走り回った暑い日を思う。
そば畑を見るなら絶対ここというお薦めスポットを探し当てたYさんの出番は残念ながら今日はない。
白い花は茶色くなり薄緑色の丘は雨に煙り目を凝らしてもあの夏の風景ではない。

是非とも新そばにありつきたい一心で幌加内に向かうが、
昨日来の雨で川は濁流になり畑にまで及んでいる。
国道が灌水し始めた。迂回しながらもたどり着いたそば祭り会場。

こね鉢の大きく立派なこと、「なぬっ」熱湯でこね出す名人の技にびっくり。
傘をさしてもアッという間にずぶぬれになりながらもあちこちのテントを覗いて歩く。
熱心な高校生の呼び込みにつられ、幌加内高校の生徒が打ったそばを食べる。
切り方は少々不揃いでも味はいい。

濡れた体は温泉で暖める。
なんと帰りはちょっと有名なラーメンを食べる。
節操がないのよ。
きょうは麺類デー。


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